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池袋自動車暴走事故から三ヶ月、事故の加害に厳罰を求める署名運動を被害者遺族がしているニュースを観る。

自動車事故にカテゴリーは本来なら無いが、この事故を扱うメディアは「高齢者自動車事故」として扱っていたはずだ。そう見出しを付けていたのは殆どの視聴者は見ていた。

更に池袋の暴走事故に関しては、加害者の車はどちらかといったら値打ちの高いセダンカーで、加害運転手が現場聴取に現れた姿は両手に杖をついていた。その姿に「運転に対する自覚が足りない」と言う感想は多かったはずだ。

私は、あの足だから尚更「徒歩じゃなく車」って発想だったんだろうと思った。急でもなく、徐々に衰える体調に対する生活習慣としての発想だったんだろうと思った。飲酒運転や、意識的な暴走行為とは違う、高齢者自動車事故の特徴はいくつかあるはずだが、今の報道の勢いは高齢を「本人の意識・自覚の薄さ」にまず集めている感触がある。その「あくまでも他者の」無自覚を悪にできる。生活に関してさほど貧窮していない印象を持たせる、この加害者はそのモデルみたいに見える。

しかし生活習慣意識はどこから持っていたかといったら、この高齢加害者が車免許を手に入れた頃から変わらずだと思う。つまり、日本の高度成長期から車とはそんな風に生活に高級品から庶民の足代わりにとして急速に普及した。

 

池袋暴走自動車事故の前から死者の出た高齢者ドライバーの事故はあった。確か、突っ込んできた車に轢かれ、両親を亡くした子供が居たと思う。

広げると、こういった痛ましい自動車事故は加害ドライバーが高齢者に限らない。では、高齢者に限って問題を観る必要は無いのか?

いや、有ると思う。

 

幸い死者を出さなかったけれど、痴呆発作で2日ほど車を運転し続けた老人が、衝突事故を起こした事件があった。彼は仕事に出かけてそのまま行方不明になっていた。その間、信号も無視していただろう。衝突事故で彼の出勤は止まった。車は高級セダンカーじゃない、小さな作業車。彼は労働者で貧困層だと言う事は想像つく。

「都心なら生活移動手段に車じゃなくても大丈夫なはず」という意見はあるけれど、その生活には労働は含まれていない。都心にも、高齢労働者は居る。彼らは老いを自覚していても働かないと生活出来ない。地方なら更にこれが厳しい状況だ。目の前の「生活の足」以上の物事が地方の車生活には有るはずだ。

 

こういった高齢者はこれから更に増える

なにしろ年金は払われない

行き場の無い一般庶民だけがお互い痛み傷つけあい、出口が失われた社会がそこに待っている。

加害者も被害者も明日は我が身だ

 

皮肉なもんで、あらゆる交通のスピードを手に入れて始まった経済成長は、経済成長の姿は衰えて、スピードだけが残っている。そのスピードを緩める手段を今のところ社会は持ち得ていない。加速だけされていく

 

池袋自動車暴走事故の被害者遺族である松永さんの心の深い傷と喪失が少しでも救われる事を、また松永さん母娘、全ての痛ましい事故の犠牲者の魂、全ての被害者遺族の皆様が救われる道が実社会に開かれる事を祈ります。

 

経済成長は、原発建設を含め、手段が凶器にもなりうるという事は我々に告げなかったし、それは経済自体も理解していなかった。無邪気に技術と対し、この無邪気さには利益欲はあっても、愛情は必ずしも無かった。この「無い」事に、とっくの昔に気づいていた国の代表は居たはずだとしても…

そういった罪は認めないとならない

 

…ねぇ?百田さん …そー思わね?

 

 

 

「助けてください」と大声で言え無い

子供を大火傷させ、金銭の心配から病院に行かず、ネット情報で傷口にラップを巻き更に悪化し、自身はパチスロに行くギャンブル依存性の若い母親は法廷で「だれが見ても正しい母親になりたい」と言っていた

 

病人が悪魔のパロディーみたいな事を言いだす

病人ならではの社会模倣の無意識じゃないかと、ゾッとする

彼女は「病気を治したい助けて欲しい」と言えない「自分に育てる力が無い、子供達を育てたい、別れたく無い、寂しい、助けて欲しい」と言えない

「だれが見ても正しくなりたい」と言う

 

 

なるほど、悪魔もよくよく観察している

「助けて」と公共の場でも言わせない

法廷だから罪を認めて正しくなれと再び十字架に磔る

我々は生贄を迎え、我々の罪は隠す

 

…で、この社会は何だろう?

 

 

 

死産した子供と数日すごした祐子さん

「祐」と親が名前をあてたのも、せめて我が子をそんな悪夢から守りたかったんじゃなかったのか  

 

 

 

南無阿弥陀仏

とは「助けて下さい」という意味らしい

 

…ツイキャスを聴きながら…。

「社会を変えるのは、アイドルや宗教じゃないんですよ。政治なんですよ」って言う対比の組み立てが変です。

つまり、輪郭にズレがあります。

たぶん、アイドルと宗教を同じ「人のカリスマ性」と言う土俵上に同時に上げて価値にしてしまう傾向が、現社会に(なんとなく)あるんだと思います。

…で、そういう傾向はなんか乱暴だな…というか、雑だな…と私は思います

 

この2つが個々として「対峙する」なんてなんの意味の無い事ですが、それをなんとなく強要されている様に感じるなら、その場が狂っています。

いったい、これらで何を張り合いますか?

 

世に存在している実態はそうじゃないんです。しかし「違う」と言う事が目に見えにくいです。

政治に無関心である事が、アイドルへの関心や宗教的な思想によるものとは言え無いです。

言えるのは「どんな立場にも、今の社会システムは関係してしまっている」という、事実です。

また、政治はどんな人のカリスマ性をも、利用するんです。

だから政治こそは これらを利用してはいけないんです。意志と意識が必要ですよね。

 

難しいですね、リーダー的な存在はカリスマ性も持ち得ますからね。

だから、そのカリスマが「何に使えているのか」と言う事は、個人的に重要だと思っています。

私は、最も弱い者に使えてもらいたい。どのみち才能は、必ずしも本人だけのものにはなり得ないのだし

あらゆる政治団体を観察するときに、良いバロメーターになると個人的に思っています。

 

私はこれを、政治家では無いローマ教皇にもクリスチャンとして求めますが、政治家の仕事と使徒職を同じようには見ません。

もちろんアイドルも

 

イタリアに歌手活動をするシスターが居ますが、彼女は一使徒職として教会から世に出て歌います。布教のある固定観念は崩れても、それがアイドルにはなり得ない。

キング牧師が黒人差別に立ち上がりましたが、彼も一国民、一司牧者としてだったんじゃないかな…。それで「宗教組織」を利用するなんて気持ちはさらさら無かったでしょうね。

宗教的な事は強要もしなかったでしょうが、人道的な社会政治への共通言語を理解していました。

彼は司牧者で、熱い人物でした。

 

 

大変にデリケートな事で、全てを今は言いきれないですけれどね。

 

そして、人間の神秘が傷つけられても、人は病んでしまいます

 

 

(ダイナミックな方向ばかりで話しかけて、申し訳ないな…と思いながら…_φ( ̄ー ̄ ))

 

テーマだな、これは。 最初の「?」だったからね、エアコンってWordは。疑問が強迫観念に変えられちゃうなんて、思えば気の毒で変態チックな環境で書いたなぁ…

https://mobile.twitter.com/ninjamanztokyo/status/1150390833788551168

 

 

蜃気楼を追う様に組み立てては崩し…をしている。_φ( ̄ー ̄ )

考えている時は楽しい。気分がノーマルになるからね。でも、こっちはノーマルでも、なんか違うように解釈されるみたい。「みたい」で、詳しくはわからないけど

「アリスとピーター①」は、かなりノーマルな気持ちで書いた。

 

今日(もう昨日)「シャロン」って曲をyoutubeで聴いた。歌詞に『悲しいから うさぎは死んだ そんな事は わかってたのに』ってあった。

映画「ブラウン バニー」の感想は、こっちの方が素直で優しいかな と思った。センチメンタルで。

でもあたし、優しくないからな

「この社会の病気」と言うと、冷たくて残酷に聞こえるかな

でも実際、現場も残酷だろうからな

 

薬物で捕まって、会見で(誰かに)土下座していた元アイドルが、法廷で同じ薬物使用者として捕まった恋人へ「彼女と結婚したい」と言っていた。…法廷で

彼女は、アイドル時代の彼のファンからかなり酷い誹謗中傷を受け、マスコミに嘘を書かれ、ストレスから不眠症接触障害になり、薬に手を出した……ーらしい。

 

彼は「この女の為に人生狂った」みたいな切り捨て方をしないんだなぁ…と思った。「バカな奴、周りに迷惑かけて、裏切って、土下座までして、結局 駄目女か…」って言われそうだなぁ…と思った。

 

お互い「生きてまた会おう」と約束して、離れて治療するのがいいと個人的に思った。病気はシビアだから、弱いと簡単に飲まれるだろう。

 

「悲しくても、ぜったい生きて また会おう」って誓いの言葉を神様にたてたら、結婚と同じだ。  なんなら籍は入れて、再会の約束をするって手段を取るとか…

二人にその慈しみ深く支える存在が有るかはわからないんだけれど、生きて病気を治して、また出会って欲しいなぁ と思った。まだ若いし

 

いいじゃないバカにされても。実際、バカでも…とか思った。(知らないけど)

そんなに人を好きになれる人生、一回だし。とか思った。

どちらかの親だったら…と、想像してみた。

やはり「再会の約束をして、個人個人、治療しなさい」と言うと思った。

病気に満ちて、非情で残酷な現場を前にしてもやっぱり思った。

あたしも馬鹿だから

 

先日、亡くなったジャニーさんはどう思うかは知らない。

たぶん「病気は治しなさい」は、言うと思う。

 

「別れなさい」は、言うかは知らない

 

私はアイドル業やショービジネス・芸能界に人生の赴きを置いた事が無いから、そこにかけた人生と同じ意見になるかは、やはりわからない…

たぶん違う気もする。

 

ジャニーさんは、きっと馬鹿じゃないんじゃないかな…と思った。

 

 

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